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仙台高等裁判所 昭和44年(ネ)130号 判決

控訴人(附帯被控訴人)(被告)

箕田克己

被控訴人(附帯控訴人)(原告)

関寿美子

ほか一名

主文

一、原判決主文第一、二、四項を次のとおり変更する。

(一)  控訴人は、被控訴人関寿美子に対し金六万二、三〇二円およびこれに対する昭和四一年四月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員、被控訴人関勝寿に対し金一二万四、六〇四円およびこれに対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。

(二)  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

(三)  右(一)の項につき被控訴人らにおいてかりに執行することができる。

二、被控訴人らの第二次的請求につき

(一)  控訴人は、被控訴人関寿美子に対し金二〇万円およびこれに対する昭和四一年四月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員、被控訴人関勝寿に対し金四〇万円およびこれに対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。

(二)  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

(三)  右(一)の項につき被控訴人らにおいてかりに執行することができる。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を控訴人の負担、その余を被控訴人らの平等負担とする。

事実

(以下、控訴人、附帯被控訴人を単に控訴人、被控訴人、附帯控訴人単に被控訴人という。)

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費川は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに被控訴人らの後記第二次的請求を棄却するとの判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、当審において附帯控訴をしたうえ請求を予備的に追加し、後記第二次的請求の趣旨記載の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次の事項を付加し、原判決六枚目表一二行目の「ならびに被告本人尋問の結果」とあるのを削除するほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(被控訴人)

一、被害者敏雄は、本件事故による受傷のため昭和三八年四月一三日から同年七月二〇日まで九九日間入院して治療を受けたが、その間自ら身体を動かすことができず、その病状からみて給食等の世話をする必要があつたので、妻である被控訴人寿美子が右付添看護の労務に従事した。そしてその当時職業付添看護人に対する報酬は一日当り金三〇〇円を下るものではなかつたから、被控訴人寿美子の右付添看護により敏雄のこうむつた損害は、一日当り金三〇〇円をもつて相当とする。よつて右被控訴人らは前記期間のうち九〇日分合計金二七、〇〇〇円を本訴において請求する。

二、被控訴人らは、第二次的請求として、「控訴人は、被控訴人寿美子に対し金三三万三、三三三円およびこれに対する昭和四一年四月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員、被控訴人勝寿に対し金六六万六、六六六円およびこれに対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。」との判決を求める。その請求原因は次のとおりである。

(一)  かりに敏雄の死亡が本件事故に起因するものでないとしても、同人は本件事故により肝臓裂創の傷害をこうむり、その結果開腹手術および三ケ月間以上の入院加療を余儀なくされ、退院後も病状思わしくなく、昭和三八年一〇月末頃まで仕事をなし得ない状態が続いたのであつて、これによつて受けた精神的苦痛は甚大であつた。右苦痛を慰藉するには金一〇〇万円をもつて相当とする。

(二)  以上のように敏雄は本件事故により合計金一〇〇万円相当の損害をこうむり、控訴人に対し右同額の損害賠償債権を有していたところ、同人は昭和三九年四月一八日死亡したので、被控訴人寿美子は妻としてその三分の一、同勝寿は子としてその三分の二の割合で右債権を相続した。

(三)  よつて、被控訴人寿美子は金三三万三、三三三円、被控訴人勝寿は金六六万六、六六六円とそれぞれ右金額に対する本件訴状送達の翌日である昭和四一年四月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

(控訴人)

一、被控訴人らの前記主張中、被控訴人主張の頃付添看護人の報酬が一日当り金三〇〇円であつたことおよび敏雄の死亡により、被控訴人寿美子が妻として三分の一、被控訴人勝寿が子として三分の二の割合により相続したことは認める。その余の事実は争う。

(証拠)〔略〕

理由

第一、本件事故の発生、帰責原因

一、昭和三八年四月一日午後六時頃、秋田県鹿角郡八幡平村宮麓字大里地内県道上において、訴外小坂孝志郎が大型貨物自動車一あ一九六五号(以下加害車という。)を運転して秋田県花輪町方面から岩手県安代町田山方面に進行中、訴外関敏雄運転の小型貨物自動車パブリカライトバン(以下被害車という。)を追い越すにあたり被害車と接触したこと、その際被害車が道路左脇田圃に転落したことは当事者間に争いがなく、右接触部分が加害車の左側燃料タンク取付金具部分と被害車の左側フエンダーであることは控訴人の自認するところである。

二、控訴人は、免責事由として、右被害者の転落は敏雄自身の一方的な過失によるものであつて、本件事故の発生につき小坂には何らの過失もないと主張する。しかしながら、〔証拠略〕によると、本件事故現場附近において加害車(八トン車)は被害車を追い越すべくその右側に出たところ、反対方向からバイクが対向して進行して来るのを発見し、急拠ハンドルを左に切つたため前記のように被害車に接触したものであること、被害車は加害車の追越を予測して時速一〇キロ位に減速し、かつ、左側に避譲しながら進行していたこと、右接触の際被害車は大きな衝撃を受け、その車体全部が約九〇度左方へ回転し、そのまま前記のように田圃へ転落したものであることが認められるから右事故はもつぱら小坂の追越の際における注意義務の懈怠によつて発生したものとみるのを相当とする。〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信しえないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はないから、控訴人の右主張は理由がない。

そして本件事故の際控訴人が加害車を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、控訴人は右事故によつて敏雄のこうむつた損害を賠償すべき義務がある。

第二、被控訴人らの第一次的請求について

一、〔証拠略〕によると、(1)敏雄は、右事故発生後である昭和三八年四月一一日腹部に強い圧痛を訴えはじめ、同日岩手県二戸郡安代町字荒屋新町四四番地安代町国民健康保険安代診療所において診察を受け、同月一三日同所に入院して開腹手術の結果、右圧痛の原因は肝臓裂創(膜腔内出血)と判明したこと、その後そのまま入院治療を続け、同年七月二〇日おおむね治癒したということで同所を退院したのであるが、退院後も体力が回復せず、同年一一月頃まで寝たり起きたりの生活を送つたこと、(2)そして一二月に入り就業したところ年末頃から再び肝臓が悪化して病床に伏し、治療につとめたがはかばかしくないので、翌年三月一二日岩手医大附属病院に入院して検査の結果、肝臓癌に罹患していることが判明し、遂に同年四月一八日死亡するにいたつたことが認められる。

二、控訴人は本件事政と前記(1)の肝臓裂創および前記(2)の肝臓癌による死亡との間にいずれも因果関係がない旨争うので、その因果関係の存否について考察する。

(一)  〔証拠略〕によると、被害車は前記転落の際左側を下にして横転し、そのため敏雄は運転席から左側ドアに倒れ落ち、その際背部および右悸肋部(肝臓下部附近)を強打していること、前記のように四月一三日開腹手術の結果、肝右葉下面に小裂創があり、そのため出血が少量ずつ持続し、右開腹時には腹腔内に一〇〇〇CCという大量の血液が貯溜していたこと、右貯溜量、血液の凝固度、創口の程度からみると右小裂創は右開腹時から七日ないし一〇日以前に生じたものであること、そして右裂創は外傷性のもので鈍的な外力によつて生じたものであること、敏雄は本件事故後入院時まで自動車の運転はやめていたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、他に前記傷害を生じさせるような原因の存したことを認めるに足りる資料のない本件においては、前記傷害は本件事故によつて生じたものと推認すべきである。

(二)  次に本件事故と死亡との間の因果関係について考えるに、〔証拠略〕によると、敏雄の前記肝臓裂創自体は前記退院の時点である昭和三八年七月二〇日頃にはほぼ治癒していたこと、他方敏雄の死因となつた前記肝臓癌はその症状の経過からみて昭和三八年一二月上旬頃に発生したものとみられること、そして医学的見地からは肝臓裂創のごとき外傷が癌の発生原因になるものとは考えられていないこと等を考え合わせると右肝臓癌が本件傷害により生じたものと認めることは相当でない。したがつて本件事故と敏雄の死亡との間には法律上因果関係はないものといわざるをえない。

三、ところで、被控訴人の第一次的請求はその請求原因から明らかなように、財産的損害(敏雄の被つた損害)については身体傷害を理由とするもの、精神的損害(被控訴人らの慰藉料)については生命侵害を理由とするものであるところ、後者の損害は前説示のように本件事故とは因果関係がなく、従つてその賠償請求は失当というべきであるから、以下前者についてのみ判断する。

(一)  治療費等のうち、(1)入院治療費(2)輸血用液代金(3)付添人費用の請求については、当裁判所も理由ありと判断するものであつて、原判決一二枚目表六行目に「当裁判所に顕著な事実」とあるのを「本件当事者間に争いがない」と訂正したうえ原判決理由中の四-の(1)ないし(3)の記述をここに引用する。

(二)  逸失利益の請求について

被控訴人らは、逸失利益の算定期間を敏雄が本件事故に遭遇した昭和三八年四月一日から死亡の日である同三九年四月一八日までと主張するけれども、〔証拠略〕によると、敏雄は本件事故後前記受診日の前日まで就業していたことが認められるし、他方前記認定によれば昭和三八年一二月上旬以降の逸失利益分については本件事故と因果関係はないから、右算定期間は同年四月一一日から同年一一月三〇日までの間(二三四日)とみるのを相当とする。しかして、〔証拠略〕によると、敏雄はカレンダーの印刷宣伝業を営んでいたものであるところ、昭和三五年度は金二五万九、六七七円、同三六年度は金二六万一、九一〇円、同三七年度は金二四万一四〇円の純収入があり、従つて右三箇年の年平均純収入額は金二五万三、九〇九円(一日あたり金六九六円)であつたことが認められるから、敏雄が本件事故によつて喪失した得べかりし利益は合計金一六万二、八六四円と推定される。

(三)  以上によると、本件事故により敏雄のこうむつた損害は前記(一)(二)の合計金二八万六、九〇六円となるところ、被控訴人らは昭和三九年三月一一日自動車損害賠償保障法に基く保険金として金一〇万円(この金員は、〔証拠略〕によると敏雄の前記身体障害を理由として納付されたものであることが認められる。)を受領したことを自認しているから、これを控除するとその残額は金一八万六、九〇六円となる。そして敏雄の死亡により被控訴人寿美子は妻として三分の一、同勝寿が子として三分の二の割合により相続したことは当事者間に争いがない。

四、してみると被控訴人らの本訴請求中、控訴人に対し、被控訴人寿美子において金六万二、三〇二円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和四一年四月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人勝寿において金一二万四、六〇四円およびこれに対する右同様の遅延損害金の支払を各求める限度において認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものである。

よつて右と異る趣旨の原判決主文第一、二、四項を本判決主文第一項のように変更すべきである。

第三、被控訴人らの第二次的請求について

一、前記第一次的請求に関する請求の趣旨およびその請求原因ならびに被控訴代理人作成の昭和四五年三月一六日付訴の変更申立書によると、前記第一次的請求は、敏雄の受傷、死亡と本件事故との間に因果関係ありとの前提にたち、右事故による敏雄の受傷を理由とする財産上の損害の請求(甲)と右事故による敏雄の死亡を理由とする被控訴人ら固有の慰藉料請求(乙)とを併合したものであるところ、被控訴人申立にかかる第二次的請求は敏雄の受傷のみについて本件事故との間に因果関係ありとの前提にたち、右敏雄の受傷を理由とする財産上の損害(甲の損害の一部)の請求(丙)と敏雄自身の慰藉料請求(丁)を併合したうえ、甲の請求が認容されない場合に予備的に丙の請求を、乙の請求が認容されない場合に予備的に丁の請求を申し立てるというのである。右によると、丁の請求は、乙の請求とはその訴訟物を異にし別個の請求と認められるから、被控訴人らの申立どおり予備的請求(いわゆる順位を付した請求)として取り扱うべきであるが、丙の請求は、甲の請求の一部とその請求原因を同じくし、従つてその請求の一部をなしているのであるから、被控訴人らの右申立の真意は、第一次的請求において本件事故と死亡との間の因果関係が否定された場合でもなお受傷による損害として甲の請求中丙の請求に相当する部分の申立を維持する趣旨を表明したに過ぎないものとみるを相当とし、従つて丙の請求を予備的請求その他の独立の訴訟上の請求とみるべきではないと解する。

二、よつて被控訴人申立の第二次的請求のうち慰藉料請求(丁)について判断するに、〔証拠略〕によると、敏雄は前示認定のように本件事故により肝臓裂創の傷害を受け、その結果腹腔内に多量の血液が貯溜したため、入院して開腹手術を受けたこと、手術は右血液貯溜の原因を発見するためにかなり難行し、右手術後四日間にわたつて一、五〇〇CCもの大量の輸血を必要とし、かつ、一時はその生命も危ぶまれた程で、その後約二ケ月間身体の衰弱がかなりひどかつたこと、そして敏雄はその後九九日間の長期間にわたり入院を余儀なくされ、退院後も四ケ月以上寝たり起きたりの状態で過ごさざるを得なかつたことが認められ、その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮するとき、敏雄が本件事故によつてこうむつた精神的苦痛を慰藉するには金六〇万円をもつて相当とするから、敏雄は右事故により右同額の慰藉料請求権を取得したわけである。そして敏雄の死亡による被控訴人らの相続分は前記のとおりであるから、右請求中控訴人に対し、被控訴人寿美子において金二〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和四一年四月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人勝寿において金四〇万円およびこれに対する右同様の遅延損害金の支払を各求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

第四、以上の次第で、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条第八九条第九三条本文を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 伊藤和男 佐々木泉)

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